【感想】イリヤの空、UFOの夏 その4(著:秋山瑞人)
夏の終わり、少年少女の逃避行の結末
ざっくりあらすじ
『イリヤの空、UFOの夏 その4』は、世界に危機が迫る中、『浅羽直之』が『伊里野加奈』を連れて逃避行する物語である。
やっと終わったのだ。
もう逃げなくてもいいのだ。
張りつめていたものが一気に途切れて、両膝から力が抜けて、貧血を起こしたときのように頭の中が冷たくなっていく。世界が回転し、自分の頭が廊下にぶち当たる音を自分で感じたが痛みはまったく感じない。
前巻感想はこちら
無計画な旅と少年少女(+おっさん&ネコ)の秘密基地生活
浅羽は伊里野とともに園原基地から遠くへと逃亡する。
任務から解き放たれた伊里野の精神は回復傾向にあったが――
二人の旅には大きな問題があった。
それは資金不足。
浅羽はクラスメイト相手にやっていた床屋で稼いだ小銭の束を持ってきていたのだが、残念ながら伊里野が持ち歩いていた札束のほうが圧倒的だった。
それでも旅を続けるには足りない資金。
浅羽はなんとか知恵を絞り、休校中の学校に忍び込むことを思いつくのだった。
二人はそこでホームレスのおっさん、そして野良猫に出会い、共同生活を送ることになる。
アットホームで、いつまでもうまくいくような気さえする雰囲気。
なのだが、そうならないのが『イリヤの空』である。
シリーズ通しての感想
浅羽と伊里野がどうなるのか、周囲の人々はどうなるのか、世界はどうなるのか。
そこら辺のネタバレは避けることにする。
ということで、以後は私の感想。
実は『イリヤの空』に触れたのは数年前のことで、どっかんどっかん来ているときには読んでいなかったりする。
タイトルと表紙のイラストから気にはなっていたものの、当時は別の作品にお熱だったのでスルーした、という感じだ。
そんでもって、初めて読んだときに、どうしてもっと早く読んでおかなかったんだろう、とかなり後悔した。
そのくらい、面白かった。
私が思う『イリヤの空』の大好きポイント。
浅羽と同世代の子供たちの背景は明言されるのだけど、大人たちの背景についてはあまり深く語られない。
榎本や椎名が、どうして伊里野に関わることになったのか、そういった設定は明かされないのである。
にもかかわらず、大人たちが伊里野のことを想っている、一方で利用しなければならない葛藤、一般に知られることなく押し寄せている『危機』に対処する日々。そういった苦しみが印象的だったように思う。
明言されないからこそ、想像が捗る。そんな魅力的なキャラクターが満載だった。
大好きポイントその2。
ここまでの感想では触れてこなかったが、3巻までの巻末外伝エピソードが本編の魅力を膨らませてくれる。
- そんなことだから
- 死体を洗え
- ESPの冬
中でも2巻の『死体を洗え』が、本編の陰謀モノ的雰囲気に相まって、かなりぞくぞくするホラーに仕上がっている。
大好きポイントその3。
文章が逸品で、独特の語り口や描写はもちろん、至るところの描写に意味が含まれているんだという気づきを読んでいる側に与えてくれる。
シーンの一つ一つも、このシチュエーションを思いつくなんて天才的じゃないかとびっくりするほどだ。
好きなところを一から挙げていくとキリがないのだが、たとえば。
2巻、浅羽妹が、伊里野の髪を切る浅羽を目撃する場面。
(前略)ふたりが何の話をしているのかはわからない。
わからなくていいのだ、と思った。
あの手がかつて、自分の髪を切っていたころがあったのだから。
設定がどこまで関連づけられながら作られたのかは分からないが、
『床屋の息子』『学校で同級生の髪を切っている』『それを見た伊里野が自分も浅羽に切ってほしいと頼む』『注文は『浅羽の好きにして』』。
これだけでもう甘酸っぱいシーンなのに、
『それを遠くから見つめる浅羽妹』『兄と親しかった頃、髪を切ってもらっていたことを思い出す』『見知らぬ女相手に躍起になっていたが、女はその頃の兄を知らない』『葛藤を振り切る』。
これでもう甘酸っぱさの相乗効果である。
学校がメインの舞台になっている1~3巻は、こういったシチュエーションが山盛りで、想いが実を結ばないにしてもいい方向に変化していく、そんなサブキャラクターたちが描かれている。
色々思うポイント。
もしも当時読んでいたら、子供たちのほうに主眼を置いて読んでいたのだろうか。
今のご時世だと、浅羽は受け入れられない主人公なんじゃないかな、と思ったりする。
妙なところで漢気を見せてくれるけれど、基本的には受け身で、ことごとく無力さを露呈する。
割と理不尽な怒りをヒロインにぶつけたりして、「なぜその子に怒るし!」と何度も思わせる。
だけど、『イリヤの空』の主要人物として、浅羽は絶対に外せない。
一般的な家で生まれた普通の少年と、どうしようもなく過酷な運命を背負わされた少女の物語。
そういう中で考えれば、『どうにもならないことをどうにかするヒロイックな主人公』というのは却って作品の魅力を損なうんじゃないかと、私は思う。
とはいえ、本音を言うと、1~3巻前半までの雰囲気のほうが個人的には好きだった。理由は上述したとおり。
何気ない学生生活を送っている裏で、何かが蠢いている。
そんな空気感が私のツボに入ったのかもしれない。
もっとも、後半部分は物語を終わらせるために必要だろう。
最初から『近づきつつある終末』が描かれていたわけで、それが学生生活のある時点でいきなり到来するのは必然。
満足(放心)できる物語の帰結だ。
まとめ
『イリヤの空、UFOの夏 その4』は、少年の無力感がありありと描かれた、青春の結末の物語だった。しいたけ。